尚美のこと【縛る】
ネット通販で購入した麻縄を鞄に入れて、尚美と隣り街のラブホテルへ向かっている。どちらかというと、何処か秘境の温泉宿に籠りたかったのだがそういう訳にはいかない。その代わりに和室のあるホテルを選んでいる。
向かう途中、私は尚美に伝えた。「今日は縛るから」と。彼女は運転席の私を暫く見て「…はい」と応えた。
そう言えば、付き合ってから彼女の拒んだ言葉を聞いたことがない。返事を聞いたあと少し後ろめたさを感じる。
和室に入ると、畳の上に低いベッドが置いてあった。彼女は部屋に入ると、いつも必ずシャワーを浴びる。
しかし今日の私は彼女のルーティンを遮り、いきなり抱き寄せてキスをし服を脱がし、ベッドへ押し倒してまたキスをした。…彼女はまた拒まない。
私は一度彼女から離れて、鞄の中から縄と長襦袢を取り出した。実は長襦袢も通販で購入していた。また実は、鞄の中にはまだ他の物もある。
尚美を低いベッドから起こし、立たせて、長襦袢を着させる。今まで付き合っていた女性にはここで、似合うよ 綺麗だ と褒め言葉をかけるが、尚美には「似合うよ」は似合わない。
寡黙な時間が始まる。
尚美を縄で縛っている。しゅるしゅる と縄の擦れる音が鳴る。その音に混ざって鼻のすする音が聞こえてきた。彼女の正面に移って胸の縄を通していると、彼女の視線を感じる。気がつくと私を凝視している。
尚美は瞼を閉じて寡黙な時間に耐えているのかと思っていたが、彼女の瞳は瞬きもしないで開いている。そして、下唇を薄く強く噛んでいた。
目を閉じれば瞳に溜まったものが流れ落ちてしまうのを、とても強い意思で 拒む ように。
私が後ろに回ってもまだ、消えた気配を見つめている。
とても強い視線で…。
縛り終えたと悟った尚美は目を閉じた。
その意思は、涙となって、…堕ちていった。