ポンヌフの恋人
心に残る映画がある。
「ポンヌフの恋人」1991年のフランス映画。
舞台はセーヌ川に架かる閉鎖中のポンヌフ橋、
そこにホームレスとして暮らす青年アレックスと
眼の病に失望し家出した女画学生ミシェルの物語である。
実は、観始めてすぐ止めようかと思った。
青年の見窄らしい姿と奇行に、恋の物語への連想は難しかった。
舞台のポンヌフ橋も工事中で汚く埃とゴミだらけ、
あまりにもホームレスの傷みの描写がリアルすぎた。
物語の外観は「綺麗」ではない。
でも、観ているうちに「純粋さ」に引き込められる。
女画学生は自暴自棄な中で何か救いを求めている。
青年は自分の感情の正体を理解できず翻弄する。
執着、嫉妬、虚栄… そんな青年の不器用すぎる恋心。
怯えは狂気になる。迷いは絶望になる。
ただ想う純粋さが切なすぎる …苦しくなるほど。
恋愛物語というより、
人間の持つ本質的な感情を描いているような。
映像は普遍的なようで幻想的。
余分な装飾はない、それでいてディテールが美しい。
キャストの演技も素晴らしかった。
この映画でジュリエット・ビノシュに惹かれた。
そつなくかっこよく取り繕う恋愛がある。
お洒落な恋、生きるための愛。
いろいろあっていいと思う。
ジタバタしてもいいと思う
最後に、こんなエピソードがある。
監督したレオス・カラックスは途中、製作の予算が足りず、
自費でまかなうも借金苦で約10年間路頭に迷う羽目になる。
本当は、彼が目指す物語の結末は違っていたが、
金を貸してやるというプロデューサーの意向を渋々承諾し、
映画は完成した、そうだ。
阿鼻叫喚
亀さん
「亀さん、散歩しない?」
「・・・・・」
「どうしたの?気がのらないみたいだね」
「無意味ですよ」
「どうして?」
「走れるひとが歩くのならいいけど、
歩くことしか出来ない私にとっては意味がない」
「つまらない?」
「ええ、まったく、つまらない」
「亀さんは走りたいと思ったことはないの」
「ないと言えば嘘になります」
「でも、ご先祖様が走る必要がないと思い続けて
こんな風に進化したのだとしたら、
今はこれが正しい姿ということでしょう」
「何かしらの哲学があるはずです」
「なるほど」
「ちょっ、ちょっと、何をなさるんですか!」
「苦しい?」
「どうして裏返しにするのですか?」
「してみたくなって」
「おお、見事に起き上がるね」
「慣れてますから」
「もう!またっ、いい加減にしてください」
「すっかりコツを掴んでるね」
「これも進化でしょう」
「亀さんは楽しそうだ」
「ええ、出来ないことをしなくていいから楽です」
「諦めの境地なの?」
「いえ、悟りの境地に近いです」
「ああ~、亀さんが羨ましいよ」
「貴方の言い方、優越と皮肉の感がありますね」
「あっ、またっ、、、温厚な私も仕舞いには怒りますよ!」
「ほら、頭が擦り剥けてしまったじゃないですか」
「ねぇ、やっぱり散歩に行こうよ」
「それにしても貴方はドSですね」
「そう言う亀さんはドMだね」
「わかります?」
言戯
えらいやっちゃ えらいやっちゃ
淫雨
空気の読めない男
僕の父のこと。
エピソード1
微かに記憶に残る手始めは、
幼稚園での学芸会のとき。
「舌切り雀」を演じることになり、
雀の役は雀を描いたキャップをかぶる。
当時の記念写真を見る。
園児の自ら描いた雀がいる。
拙くもあどけない懸命さがうかがえる。
中央に「雀の生首」を頭に乗せた僕がいる。
…リアル過ぎる。
エピソード2
小学生、夏休みの工作の宿題。
遊びで夢中だった僕は父に頼ることになる。
課題は「夢の家」
自分が将来住みたい家を作る。
出来上がったモノは、
建築家がプレゼンするためのモデリングのよう。
繊細で巧妙で、それは逸品の代物だった。
ミニチュアながらドアと窓が開閉し、
スイッチを入れると各部屋の明かりが灯る。
レンガやタイルには厚みがあり目地もある。
そういえば、カーテンもあった。
しかしそれは少年の抱く未来の世界ではなく、
何処にでもあるフツーの二階建ての住宅。
父の一軒家への憧れ、父の夢のカタチだった。
エピソード3
中学時代の体育祭。
毎年恒例のクラス対抗騎馬戦。
その当時小柄だった僕は騎手に任命される。
それなりの装備を工作し身につけることになり、
父に援助を求めてしまった。懲りずに…。
出来上がったモノは紙製の鎧一式。
パーツの名称は詳しくないが、
兜、道着、また腕、足まで覆う装着が整っている。
各パーツは実物さながらに複数の紐で繋がれ、
兜には金色の角が長々とそびえている。
それを持参すると、皆が集り絶賛の嵐。
僕は後尾に控える大将にまつり上げられる。
そして、逃げ回る羽目になる。
やはり、…壊れるのはもったいない。
馬にも気を使わせて悪かった。
エピソード4
人権啓発ポスターの課題。
キャッチフレーズも考える。
「あまり上手にしないで」と注文する。
手を抜くことが嫌いな父は最善を尽くしてしまう。
案の定、賞を獲得する。「優秀賞」
最優秀賞ではなかったことを少し悔やむ。
「危なかったぁ」と娘が胸をなで下ろす。
そう、このエピソードの父とは僕のこと。
空気の読めない親子。