蝉
自分の抜け殻が恋しくて戻ってくる蝉がいた。
置き去った分身を見ながら思いに耽ける。
地中で永く暮らし、地上を夢見た頃が懐かしい。
脱皮。決死の覚悟を思い起こして身震いする。
そこには、前線に赴く兵士のような誇らしさがあった。
限られた時間のなかで交尾という任務を全うする。
逢瀬を愉しむ暇などない、ささやく余裕もない。
「恋に焦がれて鳴く蝉よりも鳴かぬ蛍が身を焦がす」?
好き勝手に言えばいい。
もう羽根は開かない、声も出ない、悔いもない。
抜け殻の傍で、ここで尽きることにしよう。
土の冷たさは安らぎだった、肥えた匂いが好きだった。
…一緒に土に帰ろう。