陶酔
少年の頃、近所で開店した理髪店を訪れる。
そこはまだ若い夫婦が営む店だった。
僕への担当は、20代後半の奥さんのほう。
椅子に座りマントで拘束される。
身を任せる準備が整う。
洗髪され、濡れた顔を拭かれ、ハサミで髪を切られる。
一連の作業を真剣に、そして、優しくこなしていく。
台車にハサミを置き、クシを取り、鏡越しに整髪する、その繰り返し。
それをただ、ただ眺めていると、僕の感覚に変化が表れてきた。
耳の後ろから後頭部にかけて重く痺れてくる。
次第に顔の筋肉がほぐれ瞼が閉じてくる。
顎もだるくなり口が弛んでくる、気がついて溜まった唾液を吸う。
でも眠たいわけじゃない、呆然とした脱力感。
この時初めて味わう感覚を、今までに三度だけ経験した。
その共通したもの。
馴染んでいない状況。受け身と加える側。時を刻む時計の音。
そして… 距離のある母性。
その女性に恋心を抱いているのではなく、
例えば、縁側で暖かく優しい陽射しに包まれている感覚に近い。
いつまでも浴びていたい安堵した気持ち良さ。
しかしそれは、勢いよく来店した中年男に遮断されてしまった。
「陶酔した悦楽のつぼ」を求めて、髪の伸びないうちにまた訪れた。
運良くまた奥さんが担当してくれた… けど、期待した感覚はなかった。
どういうものなのか? 今だにわからない。
これが被虐という特性だとしたら…
Mが羨ましく想う。
そこはまだ若い夫婦が営む店だった。
僕への担当は、20代後半の奥さんのほう。
椅子に座りマントで拘束される。
身を任せる準備が整う。
洗髪され、濡れた顔を拭かれ、ハサミで髪を切られる。
一連の作業を真剣に、そして、優しくこなしていく。
台車にハサミを置き、クシを取り、鏡越しに整髪する、その繰り返し。
それをただ、ただ眺めていると、僕の感覚に変化が表れてきた。
耳の後ろから後頭部にかけて重く痺れてくる。
次第に顔の筋肉がほぐれ瞼が閉じてくる。
顎もだるくなり口が弛んでくる、気がついて溜まった唾液を吸う。
でも眠たいわけじゃない、呆然とした脱力感。
この時初めて味わう感覚を、今までに三度だけ経験した。
その共通したもの。
馴染んでいない状況。受け身と加える側。時を刻む時計の音。
そして… 距離のある母性。
その女性に恋心を抱いているのではなく、
例えば、縁側で暖かく優しい陽射しに包まれている感覚に近い。
いつまでも浴びていたい安堵した気持ち良さ。
しかしそれは、勢いよく来店した中年男に遮断されてしまった。
「陶酔した悦楽のつぼ」を求めて、髪の伸びないうちにまた訪れた。
運良くまた奥さんが担当してくれた… けど、期待した感覚はなかった。
どういうものなのか? 今だにわからない。
これが被虐という特性だとしたら…
Mが羨ましく想う。