尚美のこと【鏡 前編】
「ウエット&メッシー」という言葉を皆さんはご存知だろうか?性的嗜好(フェティシズム)の一種で、ウエットは濡れる、メッシーは汚れるという意味がある。もっと詳しく知りたい人はWikipediaを調べてください。(それにしても…何でも載っているんだなぁ、と感心する)
私と尚美は今日このプレイで戯れることにした。と言っても、彼女は知らない。
まず全裸にした彼女に、縄ではなく、両手に拘束具と手綱の付いた首輪を装着させる。彼女は怯えた犬のように私を見ている。山小屋の一件で、彼女は私のことを信用できない人間だと思っているのかもしれない。
余談を入れるが、脳科学では恐怖と快感を伝える神経回路は同じなのだそうだ。彼女はこれから起こる未知の恐怖に怯えている。
私は水性マーカーと筆ペンを使って尚美の体に落書きを始めた。日常で用いることなどタブーで憚れる猥褻な文言と図柄の数々。思い浮かぶそれらを駆使して彼女の体のキャンバスへ描きなぐる。
体に這う筆先に「あっ…」と声を漏らす。(ふと、耳無し芳一の写経を思い出した。また余談。)
完成して、鏡の前に尚美を連れて行き作品を鑑賞させる。最初、呆れたような困ったような表情を見せた。「消える?」「たぶん…」
両手を拘束され、手綱を持たれて、鏡の前で汚された自分の体を眺めている尚美。猥褻な数々を読み取るのに時間はかからなかった。私のプレイの意図を汲みとったのか、「恥ずかしい」と言って身を屈めてしまった。
私は、屈み込んだ彼女の前に「餌」を置いた。彼女はその餌を見た後、私の顔を見上げた。スパゲティナポリタンとフライドチキン。
私はトマトソースが絡んだスパゲティを手掴みして彼女の口へ押し込んだ。口の周りは赤くなり、入りきれなかった食べかすが付いている。
尚美の手は使わせない。
今度は脂が多めのフライドチキンを、また乱暴に赤い口へ押し当てる。彼女はしゃぶりつき、くちゃくちゃと音を立てて咀嚼する。口の周りが脂まみれになる。またこぼれた食べかすが胸と股と陰毛を汚している。
無理矢理に汚されて屈辱される快感…じわじわと身を包んできているのを、彼女の微睡んだ瞳が伝えている。
彼女は咀嚼を続けている。私はペットボトルの水を口に含み、唾液で粘りが増した液体を口移しで飲ましてやった。喉を通らず溢れた液体は、彼女の唾液を混ぜて一層粘りを増し、糸をひいて陰毛を濡らした。
「だらしなくて、汚いなぁ、見てごらん」
と言って鏡を指差す。
尚美が鏡を凝視しているとき、私は彼女の口の周りや体に付着した食べかすを舌で舐め取ってやった。舐め取っている私の一部始終を彼女は映った鏡で追っている。
「デザートが欲しいか?」と尚美に訊いた。尚美は微睡んだ瞳を閉じてゆっくりと頷いた。
私はチューブに入ったチョコレートクリームを、硬くなったペニスに垂らし彼女に差し出した。赤く脂まみれの唇に焦げ茶色が混ざる。
「美味しいか?」
尚美はチョコレートの棒から一旦口から離し、焦げ茶色のクリームが付いた唇の周囲を舌で舐め取って、それを飲み込んでから…
「はい 美味しいです」
と言って、差し出されたデザートを迎え入れるように、大きな口を開けて頬張った。
【鏡 後編】に つづく…
尚美のこと【二夜 狂想】
今、尚美の創っている世界には、二人の男を招き入れて弄ばせている情景があるのだろうか? そして私の像はそこにあるのだろうか?
私は仮想の入口に尚美を導き、門を開いて背中を押した。しかし今は、彼女自ら築いた狂想の世界がある。
「あぁ… あぁ… 」
悦感に委ねた体が灯りと共に揺れている。…その灯景に固唾を呑んでいる私。
「だめ… だ、め… いけない… 」
尚美は二メートル半ほど離れた私を、薄く目を開いて見ている。その片方の目から一筋の雫が頬をつたった。
「いきたいのか?」
尚美は小刻みに幾度も首を縦に振り、「お願い、きて」と言った。私は彼女との距離を縮め、彼女が築いた狂想の世界へ立ち入った。気に満ちた余韻を引き連れて。
私と尚美は狂想の中で絡み交わった。
もっと激しく、もっと深く、もっと永く、
… もっと淫に。
「い い… い い … すご、く、いい」
静寂な夜の闇に、尚美の喘ぎ悶える息と声が吸い込まれていく。
「も もう だめ… いき そう… 」
尚美は啼きながら幾度も絶頂を迎えた。私の背中に回した腕をきつく締め、指を立て、その度に息を詰めた。彼女の顔は充血し、首の血管が浮き出ている。
「あぁ… また… また また、いくっ」
「おねがい… いっしょに 」
私も限界が近い。「いきそうだ」と声にした時、尚美が言った。
「そのまま そのまま、いってもいいよ」
私は動きを止めて彼女の顔を見た。迫りくる限界が少し退いた。
「そのまま… いって」
「中に、中に 出していいのか?」
尚美も昇りつめる手前で笑顔をつくろい小さく頷いた。私は動きを再開した。彼女の壺の中の凹凸をすべて感じとるように、ゆっくりと。
二度目の限界が前より大きな波になって訪れた。尚美の体の事情に甘えることにして、溜めておいた欲情と精液を壺の中へ吐き出した。ペニスの管の中を精液がどくどくと流れる快感に酔いながら。
尚美も、私の放出の気配に唇を合わせて一緒に果てた。吐き出しきれなかった欲情の一部は、唾液となって合わせた唇から彼女の体の中へ吸い込まれていった。
ペニスを壺から抜くと、白濁した汁が、濡れても大丈夫なシーツを濡らした。
山小屋からの帰り道、ラーメン屋に寄った。尚美は並。私はラーメンと餃子六個の付いたセットを注文した。
「二個、餃子ちょうだい?」と尚美が言ったので小皿に移した。
尚美から、温泉とラーメンが好きだと聞いていた。
尚美のこと【二夜 後編】
私が車を降りると尚美はすぐ後ろを付いてきた。
山小屋のドアを開き照明のスイッチを入れようとしたとき、私の背中に身を寄せてきた尚美を感じた。灯りがついて自分の顔を見られたくない…と、その仕草が伝えているようだった。
私はスイッチを入れるのをやめて、彼女のほうを振り返り胸元に引き寄せた。俯いた顔を覗くと瞳はまだ潤んでいた。
浅いキスを交わすとすぐ、彼女は私のセーターのボタンを外してきた。それが合図のように、私達は競うようにお互いの服を脱がしていった。下着姿になった私と彼女は、寝室にしているロフトへの階段を昇った。
枕元の行灯を灯し、体を重ね深いキスをする。彼女の体は火照り熱を帯びていた。そして或る種のまったりとした香りを放っていた。
尚美は積極的に私を求めてきた。そうせざる負えない事情を持っていて、それを無言で伝えようとしている。また彼女は焦っている、早く伝え切りたいようだった。
尚美が私の(溜めておいた欲情と精液のお陰で臨戦態勢が整った)硬いペニスに手をやったとき、私は彼女の体を離し、上体を起こさせ、行灯の脇へ座らせた。彼女はペニスから手を離して、私の導きに困惑しながらも従い、何故?というふうに呆然としている。私は彼女の前から二メートル半ほど離れて座って胡座を組んだ。
そして…「自分でしてごらん?」と言った。
彼女は瞬きを幾度かして「え?…」と声を漏らし、首を横に振った。
「いいから、してごらん、見たいから」
長い沈黙と戸惑いのあと、彼女はゆっくりと、おそるおそると、股間に手を運んだ。
「もっと足をひろげて、もっと、」
「片方の手で胸を触ってごらん」…彼女は従った。
「さっきのお風呂のことを思い出して… 二人の男を」
彼女は、いやっ と言って激しく首を振った。手を止めた彼女に「さぁ、続けて、見せて」と催促する。
否応を許されず続ける尚美。乳首を摘み、摩る。中指と薬指でクリトリスを擦る。次第に息づかいが小刻みになり荒くなる。彼女の潤んだ瞳が何かを懇願しているかのように私を見ている。これから官能の極地へ踏み入れることへの赦しを乞うように。
私は続けた。「あのまま居たらどうなったと思う?」「男達が尚美に近づいて手を伸ばしてきたら」
尚美は「いやっ… だめっ、」と言って、蘇る記憶を必死に振り払い拒んでいる。
しかし、乳首とクリトリスの快感がその記憶を鮮明にして、再び呼び起こしている。
私はもうひとつの過去、パラレルワールドを仮想しながら、自らも官能の極地へと踏み入れようとしている。今、目の前にいる尚美の恥態に導かれて。
「すごく濡れてる、男達も見ているぞ」
尚美の指の動きは一層激しさを増した。右手は乳首を捏ね、左手の中指と薬指はいつの間にか、壺の中に滑り込ませていた。挿した指の関節で急所
を探り、指のつけ根でクリトリスを擦っている。粘液も溢れるほど増して、くちゅくちゅと壺の外へ掻き出す音をたてている。シーツには大きな滲みができていた。
濡れても大丈夫なシーツを濡らしている。
【二夜 狂想】に つづく…
尚美のこと【二夜 前編】
二日目、空は曇っていて昨日より寒い朝を迎えた。
初日は欲張ってアクティブに行動したが、彼女との夜は穏やかに親密に愛し合った。木の香りのするこの部屋で、初めて触れた尚美の「からだ」の成長を確かめるように。
私は射精しなかった。二夜目の夜を濃くするために欲情を残すことにした。六十も過ぎれば精の計画も時には綿密に考えなくてはならない。
この日の予定は昨日行けなかった観光をして、午後は少し離れた温泉地に行くことにした。尚美からは温泉が好きだということを聞いていたので、前もって予定に入れていた。温泉の前に着くと彼女は、はしゃぎながら嬉しそうに車から降り、私の腕を掴んで組んできた。
そんな私達を遠巻きに視線を向けている二人組の男達がいた。どちらも七十近い年齢に見えた。この温泉施設には男湯、女湯、家族風呂の他に混浴風呂がある。たぶん男達は混浴目的だろうと、その目つきの質から察しがついた。
その男達を見て、私に或る企てが頭に浮かんだ。それは彼女を家族風呂へ入ると偽って、混浴の方へ連れていくこと。全く悪ふざけが過ぎる、と思ったが、試してみたい衝動に何故か勝てなかった。
実行に移すと案外容易に事が進んだ。男達は私達が脱衣場への暖簾をくぐるのを、売店で装いながら横目で見ている。私と彼女は脱衣場で服を脱ぎ、浴場に入って湯舟に浸かった。少し熱めの湯だった。
私は尚美の肩を抱き顔を近づけると、それに応じるように彼女は唇を合わせてきた。肩に置いた手をずらして胸に手を当てる。手のひらに乳首のしこりを感じる。湯気が二人を包んだ。
その時、尚美の閉じていた瞼が物音と同時に急に開いた。あの二人組の男達が時を見計らって入ってきたのだった。驚いた尚美は両手で胸を覆って私から遠ざかり、湯舟の奥に身を寄せて潜めるように気配を小さくした。
言い忘れていたが湯舟も浴場も狭い。男達は湯舟に入らず縁に座っている。暫くして、ひとりの男が私に声をかけてきた。
「この温泉ええでしょ、儂らはよぅ使こうとるんです、こっち(混浴)の方が湯が濃い感じがするけぇね」
初めてなので本当か嘘かわからない。「そうなんですね」と応えた。もうひとりの男が言った。
「いいですなぁ、若い奥さんで、羨ましいですわ」
それを聞いて私は応えた。「いえ、夫婦じゃないんですよ」男達は私の顔を見て続きを待っている。
「不倫関係なんです」
ひとりの男が、「ほぅ…」と間の抜けた相槌を打った。
咄嗟に出た嘘ではない言葉。男達の好奇な眼差しが尚美に向けられた。それを聞いた尚美の背中が湯気の中でさらに小さくなった。
意を決した彼女は、男達を避けながら湯舟の縁沿いに身を屈めながら移動して、急いで上がり、脱衣場に逃げて行った。男達の視線が彼女の全裸の後ろ姿を追っている。
尚美は手当たり次第に服を着て、外に飛び出して行った。私を置き去って。
後から来た私を見た尚美は、「いや… ひどい 」と言い残して助手席に乗った。
もしかしたら、今夜のために残していた欲情と精液は諦めるしかないのかな?と半ば覚悟しながらハンドルを握った。
尚美の顔を覗くと、薄く、強く、唇を噛んでいた。
【二夜 後編】に つづく…
尚美のこと【一夜】
尚美は唇を薄く強く噛み、口惜しそうな顔をして車の窓の外に視線を向けている。彼女に長襦袢を着せて初めて縛った、あのときと同じ顔をしていた。
しかしその視線の先は私ではなく、流れる景色でもなく、少し前の時間に向けられているようだった。
私はそんな彼女に声をかけられない。
突然降りかかった、余りにも理不尽で衝撃的な出来事。その動揺と戸惑いを癒す言葉が見つからない。
山小屋に着いて車を停めても、暫く彼女は膝の上の拳を強く握ったままで居た。
それはニ夜目を迎える前だった。
山小屋のある高原ドライブへ出発する朝は快晴で、尚美の生理は二日前に終わっていた。どちらも幸運だった。
尚美との出逢いから年を越えてまだ肌寒さの残る初春。彼女の夫の事情は彼女に二泊三日の自由を赦してくれた。
前とは違ったドライブコースを選び、私の妄想通りのお洒落なカフェとランチをして、彼女の素朴な笑顔を見ながら高原の素朴な初春の自然を感じて過ごした。
そして暮れ始めた頃、山小屋に向かった。着いてシャワーを浴びて、お洒落なお店のテイクアウトとワインを嗜み、心の片隅で彼女の夫の事情を祝った。
でも残念なことに、山小屋の夜に月は無く、月夜に照らされた尚美の「からだ」を眺めることは諦めて、枕元の行灯を灯して華奢な体を嗜むことにした。
その夜は、初めての日を淡く上書きするように、キスをして触り合って交わった。
念のため、濡らしても支障のないシーツをかけた。少しカビ臭い布団の上に。
【二夜 前編】に つづく…